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ここの続き。 『二の姫の物語』 を掲載時に読んだけど、なんともいえず。 あれが 現時点の 実力なのか、雑誌的な制約から結果としてああなったのか。多分前者のような気が。制約とかいろいろあるんだろうけど、この人は地に足が付いた恋愛物が身の丈なんじゃないかと思うような出来でした。あれでは時代物にした意味が死んでる(ディテールだけは尻尾まで時代物だけど。時代物、本当に好きなんだろうな)。 でも今後もあの路線を書き続けたら、どう化けるかは分からない。 もし仮に 『フラワーズ』 であれを描いていたら、違ったものになっていたんだろうか。そこは気になる。 でここまで言いたくなるのは、やっぱり期待が大きいから。昔の読みきりとか、すげーいい物を描いてたから。コレ褒めといてなんだけど、ほんとは 『ダウト』 と昔の短編群が一番好き。人気が高まるにつれて、需要に答えざるを得ない立場になってしまった感じなのが見ててちょと辛い。将来、ご本人が好きなものを存分に描ける時がくればいいんだけど。 昔の作品、あすこら辺のエキスを損なわずにぶち込みつつ、この人にしか出来ない時代物を描いて欲しい。そしていつか、一ノ瀬曹を越えるキャラクターを生み出して欲しい。 蛇足だけど。 『蒼天航路』 好きなのかな、この人。と 『二の姫~』 の端々で思った。 全然違うのかもしらんけど。 この人ほど、性根の真っ当さが滲み出た作品を描く漫画家は、あまりいない。 物を創る時、鬱屈と怒りを具現化する方法を取る人はとても多いし、それが一番楽だ。 だがそれを具現化してなお 真っ当であリ続けるのは、並じゃない。 歪み壊れた物は感興をそそるし、分かり易い物ほど喜ばれる。歪んだ物を破綻するまで描くか、小手先で絵空事の悲喜劇を描くか。 吉村明美の作品は、そのどちらでもない。 歪んだ世界を人間を描きながら、その真っ当な視線はぶれる事がない。 主人公達に共通するのは、汚泥に浸かっても決して染まる事のないイノセンス。何度叩きのめされても、必ず立ち上がってくる強靭さ。嘆かないし、諦めない。世界を斜めに見たりしない。何も知らないから無垢なのではなく、知ってなおの純粋さ。 だから、強い。 例えば、槇村さとる(漫画家)。この人は“鬱屈と怒りを具現化”サイド作品と、それらを自分の中で昇華して以降の作品、両パターンある(時代でではなくて、現在の作品でも)。多分、数で見れば後者が好きな人の方が多いのかもしれない。でも後者に違和感がある私が感じるのは、薄まったような物足りなさだ。 自分の中でカタルシスを迎えて怒りが昇華されちゃったもんで、それ以降ぬるい物しか創れなくなる人は多い(槇村さとるの場合はまたちょっと違うが)。 だが吉村明美の場合、どんなに作品のディテールが変わっても、その根底の部分が絶対に揺らがない。 「麒麟館グラフィティー」と「薔薇のために」。そのイメージは陰と陽ほどに異なっても、根底に流れる物は変わらない。その“怒りと、それでもなおの愛”は、「海よりも深く」ではよりストレートに著され、「あなたがいれば」に繋がっていく。 「あなたがいれば」、8巻にあるセリフ。 “あの聡明さと激しい情熱は 自分以外の者に満足できない冷酷さへと 一直線だった” 一周して立ち戻るように、その「聡明さと情熱と冷酷さ」は、宇佐美秀次(『麒麟館グラフィティー』)に繋がっている。 揺るぎない真っ当さ。そこにはカタルシスを迎えてなお 歪まない怒り を持ち続ける強さがある。その怒りを体現したキャラが、「あなたがいれば」の“とり子”だったと思う。 その 「あなたがいれば」 は結局、掲載誌のリニューアルで打ち切りになってしまった。 相当なスロースターターだし、中途な所で終えられたせいで、多分あったはずの「完全版」と比べたら物語の価値は半減以下なんじゃないかと思う(特に月関係のエピソード部分)。 しかも連載はもうさせてもらえんと言っておられるし。 なんかもういっその事、力技で『フラワーズ』に移籍とか出来ないもんか(あの中なら誰が入ろうと違和感ない気がするし)。 とにかく、どんな場所でもどんな形でもどれだけ時間が掛かってもいいから、また連載が読みたいです。 他にあんなに真っ当な物を描ける人、いないんだから。 松芝電機 商品開発部、企画課課長補佐代理心得の八神がひたすら馬鹿である(何か特別な事をしない)、一大スペクタクル馬鹿ロマン。 八神が馬鹿な商品を企画し、企業スパイと(本人知らない内に)対決し、時にはヒットを飛ばす。 2巻に出てくる広告代理店雷通の三浦氏、彼の壊れたセンスが激お薦め。 これ程どの時代にあってもセンスのよさの変わらない漫画家も珍しい。 何十年も第一線で活躍している大御所の中には、時代に合っていない部分を面白さで“免除”されている人も少なくない。が、彼女の作品は常に内容もビジュアルも質が高い。 常に時代と違和感のない絵を描ける嗅覚のようなものが備わっている、数少ない漫画家だと思う。 「伯爵と呼ばれた男」 高口里純の割と初期の名作。 舞台は1930年頃のハリウッド。主人公はハリウッドを根城にする薬の売人で、通称「伯爵」。お得意様であるハリウッドスター達に薬を売る為に、エキストラとして映画に参加している。また随所に散りばめられた“時代”の匂いが映画ファンには堪らない。艶やかでゴシップにまみれた虚飾の世界を伯爵が闊歩する、その姿の美しい事、美しい事。1話1話のストーリーがまた昔のハリウッド映画のように切なく泣かせる。 高口里純といえば、私はまずこの作品を挙げる。 < 前のページ次のページ >
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